ゆれる水脈――写真 表象のさきに / 中井菜央
19cm×13cm 224P
写真家・中井菜央が、半生とこれまでの制作経験を振り返りながら、「私とは何か」「世界とは何か」、そして「写真とは何であり得るのか」を問い直し綴った1冊。
中井はこれまで、外界を撮影することを通して、その奥に潜む内面や無意識の気配を見つめてきました。本書のキーワードとなる「水脈」は心の深奥にある無意識を、「ゆれる」は無意識による非言語の意思表示を指します。記憶や思い、観念が論理的に整えられるのではなく、揺れながら流れていく。そのあり方をなぞるように、テキストもまた構成されています。
カメラは世界を客観的に捉え、人は主観的に世界を見る。その二つが交わる「写真」という営みを通して、世界そのものと「私」そのものを垣間見ようとする。ここで語られるのは、写真についての一般論ではなく、あくまで「私」を「私」のままにした、ひとりの写真家自身の思考です。
言葉の外側を歩いてきた写真家が、今度は言葉の内側へと入り込み、言葉によって「写真」を写し出していく。所収のカラー写真46点はすべて本書のために撮り下ろされたもの。写真を見ることと、写真について読むことが交差する、静かで思索的な一冊です。
写真家・中井菜央が、半生とこれまでの制作経験を振り返りながら、「私とは何か」「世界とは何か」、そして「写真とは何であり得るのか」を問い直し綴った1冊。
中井はこれまで、外界を撮影することを通して、その奥に潜む内面や無意識の気配を見つめてきました。本書のキーワードとなる「水脈」は心の深奥にある無意識を、「ゆれる」は無意識による非言語の意思表示を指します。記憶や思い、観念が論理的に整えられるのではなく、揺れながら流れていく。そのあり方をなぞるように、テキストもまた構成されています。
カメラは世界を客観的に捉え、人は主観的に世界を見る。その二つが交わる「写真」という営みを通して、世界そのものと「私」そのものを垣間見ようとする。ここで語られるのは、写真についての一般論ではなく、あくまで「私」を「私」のままにした、ひとりの写真家自身の思考です。
言葉の外側を歩いてきた写真家が、今度は言葉の内側へと入り込み、言葉によって「写真」を写し出していく。所収のカラー写真46点はすべて本書のために撮り下ろされたもの。写真を見ることと、写真について読むことが交差する、静かで思索的な一冊です。