読書の日記 / 阿久津隆

読書の日記 / 阿久津隆

販売価格: 2,700円(税込)

数量:
17.6cm×11.2cm 1120P

目が覚めて、ごはんを食べて、仕事をして、野球を見て、映画を見て、眠りにつく。そのすべてのあいだに「本」がある。東京・初台の”本の読める店”fuzkue(フヅクエ)店主による、読書する日々の記録。

本を読むという行為は、生活の中からそこだけを切り離せるものではない。その本を読んでいるときに見た風景や、テキストから思い出される様々な出来事や言葉、そういうものとともに生きるということ。時には本の世界のなかにおぼれ、あるいは本の世界が日常にはみ出してきたりしながら。そして、最後のページまで読み終えてしまっても、その断片は日常のあらゆる場面で繰り返し想起される。

本書は、そうした”読書の喜び”を知っているものにとって、本当に幸福な日記だと思う。癖になる文体でぐんぐん読んでしまいます。

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すべての文章に当てはまるわけではないが、この人の文章はまさに、文は人なり、才気煥発、多動症的バイタリティーを存分に現していて、「ぜひ会いたい!」とも思うし、「会わなくてここにある文章でじゅうぶん」とも思う。
こういう高い能力を持った人は、世間では成功すると思われがちだが、その高さの質が世間と折り合わないために、「労多くして益少なし」というか、端からはわざわざ見返りが少ないことばかり選んでいるように映る。
私はこの人に似た人を二人知っている、一人はアルチュール・ランボーで、もう一人は樫村晴香という70年代からの私の友人だ。
二人とも浅い知り合いは、「もっとうまくやればいいのに(あいつにそれができないわけないんだから)…」と残念がるだろうが、よく知る友人は、これが彼の精一杯の社会との接触であり、彼にその気がなかったら自分は彼と交遊することがなかったと、年とともに感じるようになる。
凡庸な人には彼の能力も魅力も、アフリカの砂漠での後半生が見えず、ただ天才詩人としか思われず文学青年(死語)の崇拝の対象でしかない、そういう、ランボーのアフリカでの日々を思わせる、これはそういう文章で、私の気持ちを掻き立てずにはいない。
――保坂和志(小説家)