DONOR / 馬場磨貴
25.7cm×18.8cm 120P
フリーランスとして雑誌や広告で活動しながら、精力的に作品発表を続けている写真家、馬場磨貴による写真集。
聖母子像に準なぞらえて──
「母性」のイメージに問いを投げかけるポートレート
本作で馬場が見つめる「母」は、賢母や慈母といった観念や記号ではなく、矛盾や揺らぎを抱えながら生きる、血の通ったひとりひとりの女性たちである。
美術館に並ぶ聖母子像から写真スタジオのメモリーフォトに至るまで、母と乳児のイメージは、長らく「幸福」の象徴として私たちの前に提示されてきた。
慈悲深く静謐なまなざしをたたえた聖母、光に包まれた記念写真に写る柔和な母性──そうして演出され、反復されてきた理想化された母子像は、無意識のうちに私たちの内部へと刷り込まれている。
『DONOR』において、馬場は、西洋の聖母子像をなぞる構図で撮影を行いながらも、授乳中のポートレートを通して、人が無意識に持つその「母性」のイメージに問いを投げかける。
聖母マリアが突然の受胎告知を受けたとき、私たちが想像するように静かにそれを受け入れたのだろうか──。
ある瞬間、社会的な要請とまなざしの中で「母」と見なされ、その役割を引き受けることになる女性たち。甘美で抽象的な世界から遠く、今日も淡々と目の前の命に自分を与え続ける、その視線の先にあるものは何なのか。
写真ページの間には、個々の女性の戸惑い、身体的経験など、彼女たち自身の言葉も収められている。母という像だけが先行するなか、それぞれの自宅室内で撮影されたポートレートの背景からも、現実の女性たちの、複雑に交錯する迷いや怒り、疲労や不条理、愛と不安に光が当てられる。
妻、母、娘、友人、隣人──その先に、あなたはあなた自身でもあるという尊さが立ちあがるポートレート作品。
フリーランスとして雑誌や広告で活動しながら、精力的に作品発表を続けている写真家、馬場磨貴による写真集。
聖母子像に準なぞらえて──
「母性」のイメージに問いを投げかけるポートレート
本作で馬場が見つめる「母」は、賢母や慈母といった観念や記号ではなく、矛盾や揺らぎを抱えながら生きる、血の通ったひとりひとりの女性たちである。
美術館に並ぶ聖母子像から写真スタジオのメモリーフォトに至るまで、母と乳児のイメージは、長らく「幸福」の象徴として私たちの前に提示されてきた。
慈悲深く静謐なまなざしをたたえた聖母、光に包まれた記念写真に写る柔和な母性──そうして演出され、反復されてきた理想化された母子像は、無意識のうちに私たちの内部へと刷り込まれている。
『DONOR』において、馬場は、西洋の聖母子像をなぞる構図で撮影を行いながらも、授乳中のポートレートを通して、人が無意識に持つその「母性」のイメージに問いを投げかける。
聖母マリアが突然の受胎告知を受けたとき、私たちが想像するように静かにそれを受け入れたのだろうか──。
ある瞬間、社会的な要請とまなざしの中で「母」と見なされ、その役割を引き受けることになる女性たち。甘美で抽象的な世界から遠く、今日も淡々と目の前の命に自分を与え続ける、その視線の先にあるものは何なのか。
写真ページの間には、個々の女性の戸惑い、身体的経験など、彼女たち自身の言葉も収められている。母という像だけが先行するなか、それぞれの自宅室内で撮影されたポートレートの背景からも、現実の女性たちの、複雑に交錯する迷いや怒り、疲労や不条理、愛と不安に光が当てられる。
妻、母、娘、友人、隣人──その先に、あなたはあなた自身でもあるという尊さが立ちあがるポートレート作品。
