散文の連なりについて / 高塚謙太郎
19cm×13cm 140P
詩集『量』でH氏賞を受賞した詩人、高塚謙太郎による約4年ぶりとなる待望の新詩集。
目の前の日々を、風景を、つぶさに観察し、自己との往来を重ねながら、なぞるように言葉に置き換えていく。驚いたり戸惑ったり、内側にも外側にもたくさんのものごとを発見しながら綴られた散文詩。
ーーー
そういえば机上の時計が動かなくなって久しい。電池は、どこかにあったかな。それでも時針や秒針がいつかの時を刻んだ瞬間のままだということに、私は新たに驚いてもよかっただろう。そしてたぶん、そのときの私は時計の前にはいなかった。私だけがその瞬間を生きていないような、逆説的だけれど、そのくらい愛しい時間というものの深さを喩として書いていることが多いように思う。その証拠のように動きやめた時計だとしたら、この部屋はそれだけで完璧ではないか。
(本書より)
ーーー
構成: 全14篇の詩が収録されています。
文体:
タイトルが示す通り「散文」的な形式を意識しつつ、言葉の響きや改行によるリズムを緻密に計算した独自の詩空間が展開されています。
テーマ: 日常の断片から、記憶、風景、そして「書くこと」そのものへの思索が深められており、読者を静謐ながらも緊張感のある読書体験へと誘います。
詩集『量』でH氏賞を受賞した詩人、高塚謙太郎による約4年ぶりとなる待望の新詩集。
目の前の日々を、風景を、つぶさに観察し、自己との往来を重ねながら、なぞるように言葉に置き換えていく。驚いたり戸惑ったり、内側にも外側にもたくさんのものごとを発見しながら綴られた散文詩。
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そういえば机上の時計が動かなくなって久しい。電池は、どこかにあったかな。それでも時針や秒針がいつかの時を刻んだ瞬間のままだということに、私は新たに驚いてもよかっただろう。そしてたぶん、そのときの私は時計の前にはいなかった。私だけがその瞬間を生きていないような、逆説的だけれど、そのくらい愛しい時間というものの深さを喩として書いていることが多いように思う。その証拠のように動きやめた時計だとしたら、この部屋はそれだけで完璧ではないか。
(本書より)
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構成: 全14篇の詩が収録されています。
文体:
タイトルが示す通り「散文」的な形式を意識しつつ、言葉の響きや改行によるリズムを緻密に計算した独自の詩空間が展開されています。
テーマ: 日常の断片から、記憶、風景、そして「書くこと」そのものへの思索が深められており、読者を静謐ながらも緊張感のある読書体験へと誘います。
