書きはじめのころ・ある十月 / 図Yカニナ
15cm×10cm 204P
漫画家、映画監督などを経て現在は二児の母として子育てをしながら文筆家として活動中の図Yカニナによる日記集。
著者が文章を書きはじめたころのものと、その少しあとのある十月の一ヶ月分の日記をまとめた一冊。幼い息子たちに手を焼いていたころの目まぐるしい日々の感情の揺れや、書き留めておかないと忘れてしまいそうな、些細で、でもかけがえのない出来事の記録。
ーーー
五月六日(木)
夕飯にアスパラを食べた。我が家の庭、正確には駐車場の砂利場に生えたもので、去年の夏の終わりに草取りにきてもらったシルバー人材の女性に、あれは雑草じゃなくてアスパラだから残しといたよ、春になったら食べられるからね、と言われて驚いたが、本当に生えてきて驚いた。戸建ての賃貸住宅なので、このアスパラにどんな過去があるかは知り得ないが、そのシルバーさん曰く、鳥のフンで種が運ばれたのではとのこと。かっこいい推理だと思う。
一昨日、アスパラは、その本体にあたるフサフサとした背の高い草の根本付近に適当にニョキニョキと生えていた。夫はなんでもすぐに調べるので、すぐに調べ、二十から三十センチ程で収穫すべしと言った。切るとまた生えてくるらしい。なので今は採り頃と思え、子どもたちにハサミとザルを持たせ、いや、やっぱりママが持つからひとりずつね、じゅんばんこだよ、じゅんばんこ!
って言ったでしょ! あぶないから、ハサミは振り回しちゃダメ!
を何巡かしているうちに、アスパラが二本採れた。長男が、今夜はアスパラは食べたくない、と言いだす。二本っきりを料理にするのもな、と思い、野菜室にしまう。
今日、帰宅し車を停めて目をやるとまたニョキニョキと二本伸びていて、またもや採り頃。アスパラの生える家、金のなる木、金のガチョウ、塩ふき臼。今晩は、夫は仕事により不在、野菜室のアスパラのことも気になるし、家族四人で、というビジョンはあったけども、急遽家族三人で、の絵に変更、今夜食べることに決める。不揃いな四本を大切に写真に収め、大切に下処理する。普段は硬くて切り棄てたくなる部分までなんだか柔らかそう、食べられそうに見えるけれど、自信がないので普段通りに落とし、それぞれ三等分にしてオリーブオイルで焼いてみることにする。他のおかずとお皿に盛り、子どもたちの前に置く。長男はアスパラは一本しか食べたくないと言う、その傍で次男は瞬く間に食べ終え、長男の分まで手をのばしている。焼きたてを食べたかったなと思いながら、わたしも遅れてつまむ。ちゅっと出したマヨネーズにちょろっとつけていただくと、じゅわっと甘いのがしみ出してくる、やわらかい。キッチンの隅に立ったまま、感動する。スーパーに並ぶものよりもずいぶん美味しく感じる。季節とか自然とか人間の手作業とか、そういうのが合わさるとなにかに直結して瞬発的なうれしさになるなあと思う。デザートに、ゴールデンウィーク中に煮た花豆を四つ食べる、水っぽく仕上がっていた。
(本文より)
漫画家、映画監督などを経て現在は二児の母として子育てをしながら文筆家として活動中の図Yカニナによる日記集。
著者が文章を書きはじめたころのものと、その少しあとのある十月の一ヶ月分の日記をまとめた一冊。幼い息子たちに手を焼いていたころの目まぐるしい日々の感情の揺れや、書き留めておかないと忘れてしまいそうな、些細で、でもかけがえのない出来事の記録。
ーーー
五月六日(木)
夕飯にアスパラを食べた。我が家の庭、正確には駐車場の砂利場に生えたもので、去年の夏の終わりに草取りにきてもらったシルバー人材の女性に、あれは雑草じゃなくてアスパラだから残しといたよ、春になったら食べられるからね、と言われて驚いたが、本当に生えてきて驚いた。戸建ての賃貸住宅なので、このアスパラにどんな過去があるかは知り得ないが、そのシルバーさん曰く、鳥のフンで種が運ばれたのではとのこと。かっこいい推理だと思う。
一昨日、アスパラは、その本体にあたるフサフサとした背の高い草の根本付近に適当にニョキニョキと生えていた。夫はなんでもすぐに調べるので、すぐに調べ、二十から三十センチ程で収穫すべしと言った。切るとまた生えてくるらしい。なので今は採り頃と思え、子どもたちにハサミとザルを持たせ、いや、やっぱりママが持つからひとりずつね、じゅんばんこだよ、じゅんばんこ!
って言ったでしょ! あぶないから、ハサミは振り回しちゃダメ!
を何巡かしているうちに、アスパラが二本採れた。長男が、今夜はアスパラは食べたくない、と言いだす。二本っきりを料理にするのもな、と思い、野菜室にしまう。
今日、帰宅し車を停めて目をやるとまたニョキニョキと二本伸びていて、またもや採り頃。アスパラの生える家、金のなる木、金のガチョウ、塩ふき臼。今晩は、夫は仕事により不在、野菜室のアスパラのことも気になるし、家族四人で、というビジョンはあったけども、急遽家族三人で、の絵に変更、今夜食べることに決める。不揃いな四本を大切に写真に収め、大切に下処理する。普段は硬くて切り棄てたくなる部分までなんだか柔らかそう、食べられそうに見えるけれど、自信がないので普段通りに落とし、それぞれ三等分にしてオリーブオイルで焼いてみることにする。他のおかずとお皿に盛り、子どもたちの前に置く。長男はアスパラは一本しか食べたくないと言う、その傍で次男は瞬く間に食べ終え、長男の分まで手をのばしている。焼きたてを食べたかったなと思いながら、わたしも遅れてつまむ。ちゅっと出したマヨネーズにちょろっとつけていただくと、じゅわっと甘いのがしみ出してくる、やわらかい。キッチンの隅に立ったまま、感動する。スーパーに並ぶものよりもずいぶん美味しく感じる。季節とか自然とか人間の手作業とか、そういうのが合わさるとなにかに直結して瞬発的なうれしさになるなあと思う。デザートに、ゴールデンウィーク中に煮た花豆を四つ食べる、水っぽく仕上がっていた。
(本文より)
