中国でとことん日本を考える 広東省佛山・千灯湖青年演劇祭見聞録 / 山本佳奈子
15cm×11cm 160P
「アジアを読む」文芸誌『オフショア』の「オフショアの小さい本」シリーズ第一弾。発行人である山本佳奈子が中国・広東省佛山市で開催された演劇祭を訪れ、4日間の滞在で見聞きしたことや、そこから広がった思索を綴った紀行エッセイ。
中国の新進気鋭の演劇に触れながら、著者が向き合うことになったのは、むしろ「日本についてとことん考える」というものでした。日中関係が冷え込む2026年春、国際ニュースを横目に約1か月で書き上げられた本書は、異国の地での体験を通して、自国や隣国との距離をあらためて考えさせます。
<本文より>
政治とアートは別で、国家と個人も別だとはいえ、そのような筋の通らないことをやってきた国のアートを、積極的に招聘しようとしてくれたりする。これをいったいどう受け止めたらいいのだろう。
*
私が考えるように中国語が対話の言語なのだとすれば、やはり話劇を体験してみたい。言語や対話はその国の思想そのものといえるだろうし、ならば話劇を観ることは、中国の思想に直接触れることにもなるはずだ。
「アジアを読む」文芸誌『オフショア』の「オフショアの小さい本」シリーズ第一弾。発行人である山本佳奈子が中国・広東省佛山市で開催された演劇祭を訪れ、4日間の滞在で見聞きしたことや、そこから広がった思索を綴った紀行エッセイ。
中国の新進気鋭の演劇に触れながら、著者が向き合うことになったのは、むしろ「日本についてとことん考える」というものでした。日中関係が冷え込む2026年春、国際ニュースを横目に約1か月で書き上げられた本書は、異国の地での体験を通して、自国や隣国との距離をあらためて考えさせます。
<本文より>
政治とアートは別で、国家と個人も別だとはいえ、そのような筋の通らないことをやってきた国のアートを、積極的に招聘しようとしてくれたりする。これをいったいどう受け止めたらいいのだろう。
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私が考えるように中国語が対話の言語なのだとすれば、やはり話劇を体験してみたい。言語や対話はその国の思想そのものといえるだろうし、ならば話劇を観ることは、中国の思想に直接触れることにもなるはずだ。
